留年生の就活

※前にmediumに書いた記事を転載しております

 

僕は大学を3度留年しています。(大学は現役で入ったので+3年)
平均的な日本の大学と比べると留年者が多い我が母校ですが、それにしても重ね過ぎですね。

そんな元廃人の僕ですが、無事複数社から内々定をいただき、4月からは某外資系メーカーへの就職が決まっています。
自分としては、納得の就職活動が出来たと思っています。

僕のような訳もなく留年しちゃった廃人も、訳あって多留になってしまったという人も、留年を理由に就活という選択肢を諦めないでほしい。
そんな想いを込めつつ、留年生の就活について、ハウツーではなく心構え的なところについて色々と書いてみようと思います。

留年は決して善ではない

「あったりめぇだ!」と安仁屋ばりの突っ込みが飛んできそうですが、誤解を避けるために敢えて言っておきます。
個人的には、留年した事で卑屈になる必要はない(そうすることで得る物は何もない)と考えていますが、とはいえ誉められたものではない。
当たり前のことですが、留年は善ではありません。

 

いっちーが一番輝いていた頃

世の多くの人々は、留年を恥ずべきことであり、堕落の象徴であるとみなします。また、僕自身そのこと自体は全く否定できません。実際、親をはじめ周囲の期待に背き、迷惑をかけましたし、そのことは今も恥じています。

当然、就職活動でも、留年生は企業側から厳しい視線を浴びるリスクを負うことになります。僕自身、某有名企業の最終面接で留年の件を突っ込まれ、無残に散った経験もありますし、時には準備云々で対処しきれない状況も起こり得ます。

まず留年生の就活に必要なのは、この前提を理解し、受け入れる覚悟だと思います。
言うなれば、留年は重い重い十字架です。背負って進むも、打ち捨てて逃げ出すも全て自分次第。
安西先生の言う通り、断固たる決意が必要なのです。

 
安西先生・・・就職したいです・・・

留年で卑屈になることに意味はない

中学校の国語の授業で習ったように、大事なことは繰り返されますから、もう一度言います。留年で卑屈になって良いことはまずありません。

これは得てして無意識的に陥りがちな状況で、例えば、

・留年を理由にそもそもエントリーすら出来ないことがある
・留年を理由に(?)エントリーシートで弾かれる
・面接で留年の件を突っ込まれる
・他の就活生と会話していて気まずくなってしまう

など、主に外部環境との接触やコミュニケーションをきっかけに、ネガティブな思考に入ってしまうことが多い。

ただ、当たり前の話ですが、企業側は卑屈な学生を採用しません。そしてもっと言えば、卑屈なマインドセットからベストパフォーマンスな就職活動は生まれません。

卑屈になるメリットがないのであれば、卑屈にならないマインドセットを意識的に作るしかない。要するに、留年した自分に自信を持てるようにするしかない。

「自分に自信が持てるか。」留年生に限らずですが、留年生は特に重要。これが出来るか出来ないかが、本当に大きいと思います。

くどいくらい、留年を振り返ろう

前の文脈と逆のことのように思えますが、
卑屈にならないため、自分に自信を持つために、留年について徹底的に考える必要があります。ここで臭いものに蓋をしては、先に進めません。

僕ら留年生は面倒なことを何でも後回しにしてしまう習性があるゆえに、避けて通りたいところなのですが、この臭いものとどこまで向き合えるかが勝負といっても過言ではない。

なぜ留年が起こったのか。
自分のどこに問題があったのか。
今、その問題を克服出来ているか。
出来ているなら、どうやって克服したか。
出来ていないなら、これからどうやって克服するか。
留年中、どんなことを考えたか。ないし、どんな行動を起こしたか。
留年で得たものはあるか。
留年を機に変わったことはあるか。

こういった禅問答を、多角的に・深く・繰り返しすることが出来れば、留年という事実を自分と密に結びつけ、アイデンティティ化し、ひいては自信とすることが出来るはずです。

善ではなくとも、きっと価値がある

冒頭でも触れましたが、留年そのものは決して善ではない。
企業側もわざわざ好き好んで留年者を積極的に採ろうとはしないでしょう。

それでも、留年という失敗を踏まえた上で得たものや気づきがあるのであれば、それは決して無駄な時間ではないと思います。
そして、それが無駄ではなく、現在の自分を語る上で欠かすことの出来ないファクターなのだと、自信を持って語り、証明出来るのであれば、
それをきちんと評価してくれる企業は確実に存在します。

僕の場合、留年したことを機に、サッカー以外のことへも目を向けるようになり、旅やインターン、アルバイトを通じ、様々なことを学び、様々な人と出会うことで、限りなく狭かった視野を広げ、地面すれすれだった視座を多少なりとも上げることが出来ました。
あり余った時間があったからこそ、立ち止まって自分自身について深く考えることもできたし、圧倒的な自分の弱さに気づくこともできました。

これは幸か不幸か、留年がもたらした、僕の人生にとっては大きな財産です。

この、自分にとっての留年の価値を、きちんと言語化し、ストーリーとして語れるかどうか。それが、企業にとっての価値に繋がるかどうか
ここを考え抜き、伝え切ることが出来れば、きっと受け入れてくれる企業があるはずです。

 

最後に

長くなってしまったのでハウツー的なことは後日まとめたいと思いますが、重要なことは、今回書いたように、
「逃げずに、留年と向き合い、自信を持って臨む」ことだと思います。

学生の皆さん、頑張って下さい。